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こんなものがあったなんて知らなかった!

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3章 知られざるボタンの世界

 

こんなものがあったなんて知らなかった!

 

「こんなものがあったなんて知らなかった!」という言葉をボタンの
世界ではよく聞く。
わたしたちが何気なくつかっているボタンは、日常生活でヒツヨウ
不可欠なそんざい。


例えばフランスのボタン。
ここにひとつのトリコロールカラーのボタンがある。
キレイだなと思わせるボタンだ。
このボタンはどんな歴史背景のもとにつくられたのだろうか?

 

そこにはフランス革命や世界大戦のような歴史上のおおきな出来事が
隠されているかも?
国のききにチョクメンしたこくみんの愛国心がボタンをとおし
つたわってくるかもしれない。

 

フランスでもよくしられている薩摩ボタンやジャポニスムのボタン。
日本の芸術がどれだけセカイに影響をあたえ、あいされたか。
アーティストのインスピレーションの源であったかを日本のボタンから
知ることができることだろう。

 

小さなボタンひとつひとつに物語がある。
そんな物語がかくされたボタンを紹介する。

 

フェリックス・ブラックモンは

 

ジャポニスムは、日本美術の蒐集家が浮世絵などのしょぞうひんを
パリで展示したことをきっかけに始まった。
フランス人アーティストのフェリックス・ブラックモンは、北斎の
作品などをコピーしたサクヒンをつくり、ヨーロッパでジャポニスムを
とりいれた草分け的なソンザイ。

 

その後、かいこくした日本におおくの芸術家や、サミュエル・ビング、
エミール・ギメなど美術蒐集家がおとずれ、「浮世絵」や「陶磁器」
などが大量にヨーロッパに輸入される。
ジャポニスムの流行のえいきょうをうけ、おおくの日本風のボタンが
つくられた。

 

薩摩藩でつくられた薩摩ボタン


日本のボタンのなかで、最もだいひょうてきなものは薩摩藩でつくられた
薩摩ボタンといえるだろう。
薩摩ボタンのせいさんは1860年代にはじまった。
そのたいはんは折しもはジャポニスムが大流行していたヨーロッパへの
海外輸出をもくてきとしていた。

 

陶磁器のボタンは東京へとおくられ、日本のぶんかをしょうちょうする
モチーフがひじょうに繊細なタッチで描かれた。
一度はていしした生産は、第一次世界大戦後ふっきするが、もっとも
素晴らしいさくひんがつくられたのはやはり、初期のころの作品であったと
いえるだろう。

 

薩摩ボタンにはアヤメのモチーフや鶴のモチーフ、藤のモチーフなどがある。

 

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