暮らしのカレンダー

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☆ 暮らしに関する「いろいろな情報」を紹介しています。

広島と長崎に落とされた日

読了までの目安時間:約 2分

 

1945年8月6日午前8時15分
広島に原爆が投下されました

 
3日後の8月9日には長崎にも原爆は投下されます。
1945年の暮れまでに、この原爆による死者は広島で12万
人(資料によっては14万人とも)ほど、長崎では7万人ほ
どといわれています。
 
その後も放射線の影響による死者は増えつづけ、広島で
計23万人あまり、長崎で計12万人あまりに上っています。
この広島と長崎におとされた原爆ですが、実は種類のちがう
原爆が投下されました。
 
広島に投下された原子爆弾はウラン235(ウラニウム235)
というもので長崎におとされた原爆はプルトニウムを使って
いたそうです。
 

広島におとされた原子爆弾のウラン235
というのは

天然ウランの中にはごくわずか0.7%ほどしか存在せず、のこ
りのウランはウラン238といい、核分裂を起こさないものだそ
うです。
 
この天然ウランからウラン235だけを取りだし、濃縮し濃縮度
を92%以上に高めたものが核兵器となり、ウラン235は、およ
そ22キロ以上で原子核分裂の連鎖反応が持続するそうです。
 
つまり、22キロ以上のウラン235をいっきに集めればもの
すごい爆発を起こし広島に投下された原爆では、ウラン235
を2つに分けおき、火薬を爆発させることで2つをひとつに
し、核分裂の連鎖をおこさせる仕掛けとなっていて広島での
原子爆弾はリトルボーイといわれる砲弾のような形となって
いたそうです。
 
 

山本五十六という人の格言 やってみせ…

読了までの目安時間:約 3分

 

山本五十六の格言

 
「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやら
ねば 人は動かじ」  「話し合い、耳を傾け、承認し、
任せてやらねば、人は育たず」
 
「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実
らず」「苦しいこともあるだろう、言いたいこともあるだ
ろう 不満なこともあるだろう、腹の立つこともあるだろう
 
泣き度いこともあるだろう、これらをじっとこらえてゆくの
が 男の修行である」の「男の修行」は経営者や指導者のた
めの格言になっているそうです
 
また警察予備隊、保安隊、自衛隊の教育方針として引き継が
れているそうで、「やってみせて…」は上杉鷹山の「してみ
せて 言って聞かせて させてみる」から影響を受けている
とされます。
 

山本五十六とは

1884‐1943(明治17‐昭和18)明治・大正・昭和期の軍人で。
新潟県出身。
 
1904年海軍兵学校(32期)卒業,05年日本海海戦で重傷を負い
16年海軍大学校(14期)卒業後,海軍大学校教官,駐米武官,
空母〈赤城〉艦長などを経て30年ロンドン軍縮会議随員を
務めた人物。
 
34年軍備制限予備会議全権委員,35年海軍航空本部長,36年
海軍次官などを歴任し,米内光政海相を補佐して日独伊三国同
盟の締結に反対した。
 
39年平沼騏一郎内閣の総辞職に伴って中央を離れ,
連合艦隊司令長官兼第1艦隊司令長官となった。
(1884~1943) 軍人。
 
新潟県生まれ。海軍大将・元帥。駐米
武官・第一航空戦隊司令官・海軍次官を歴任後、1939年(昭和
14年)連合艦隊司令長官。太平洋戦争で真珠湾攻撃・ミッドウ
ェー海戦などを指揮、ブーゲンビル島上空で戦死。
 
 

八月をなぜ葉月と言うのでしょうか?

読了までの目安時間:約 2分

 

八月をなぜ葉月と言うのでしょうか?

旧暦8月を「葉月(はづき)」という。その語源には、い
ろいろの説があるようです。

有名なのは、葉が黄色く色づく頃だから「はづき」、また
は落葉が始まるから「葉落ち月」を縮めて「葉月」になっ
たというもの。

稲穂が実る時期であるから「ほはり(穂張/穂発)づき」と
か、南海上から「(南風)はえ」をもたらす台風が多くく
るから「南風月(はえづき)」がもとになった、という説
もあるようです。

雁(かり)が飛んで来始める時期だから

「初雁月(はつかりづき)」が「はづき」となった、という
ものもありますが、初雁といえば9月ですからこれは怪しい
ですね。

『日本書記』でも8月を「ハツキ」と読ませているので、
呼称(音)としては古代から存在した言葉として考えられ
ますが、なぜか和歌などにはハツキを詠んだものがないと
いいます。

それだけに由来の特定が難しく多くの説があるようですが、
なぜ「葉」の字を当てたのか、そもそもハツキのハが葉な
のかどうかすら、ほとんどわかっていないそうです。

今年の旧暦、八月朔日は8月25日

現代水田における8月は、真っ蒼な色の葉月であります。
この色を単純に葉月の語源として捉えてしまいますと、古
来日本人の感性とはまったく逆のものになってしまいます。

この奥ゆかしさが日本人の素晴らしさでございまして、近隣
諸国も含めまして他国人には決して認められないアーティス
ト集団なのですね。

終活 (しゅうかつ)

読了までの目安時間:約 3分

 

終活 しゅうかつ

自分の人生の終末のためにする活動のことが終活。
就職活動が「就活」と略されるのと同種の造語で、週刊誌
の連載記事で初めて使われたとされます。
 
当初は自分の葬儀や墓について生前に準備することをさし
ていましたが、ことばが定着するにつれ、医療や介護につ
いての要望、身辺整理、遺言、相続の準備なども含まれる
ようになりました。
 
「終活」をテーマにした書籍が数多く出版され、専門のコ
ーナーを常設している書店も多く、講演会や、葬儀社、石
材業者、遺言・遺産相続にかかわる行政書士、介護施設な
ど合同の「終活フェア」も開催されているようです。
 

このような「終活」のブーム

 
背景には、2012年(平成24)4月には65歳以上の人口が
3000万人を超えて本格的な高齢化社会を迎えたこと。
 
配偶者や家族をもたない高齢者が多くなり、家族の絆(きず
な)が弱まって独居老人、孤立死が増えたことや、東日本
大震災でみられたように年齢を問わずだれにも「不慮の死」
は訪れうるということが広く再認識されたことなどがある
と指摘されています。
 
「終活」とは、「人生の終わりをよりよく締めくくるため
の準備をし、より良く自分らしく生きていくための活動」
のことを指すそうです。
 

空前の終活ブーム

 
平成21年に終活という言葉が広がり、昨今では空前の終活
ブームが続いています。
 
終活セミナーも連日のように行われ、2011年には「終活カ
ウンセラー」という相続・遺言・葬儀・保険・墓碑などの悩
みを親身になって聞き、専門家へ繋げる役割をもつ専門資格
まで設立されました。
 
この空前の終活ブームの背景には平成24年4月65歳以上の
人口が3000万人を超えて本格的な超高齢化社会を迎えたこ
と、配偶者や家族をもたない高齢者が多くなり、また家族の
絆(きずな)が弱まって独居老人、老人の孤立死が増えたこと
にあります。
 
 

鉄血勤皇隊って聞いたことありますか?

読了までの目安時間:約 4分

 

鉄血勤皇隊(てっけつきんのうたい)

元沖縄県知事も入隊していた、太平洋戦争(大東亜戦争)
末期の沖縄県において、防衛召集により動員された日本軍史
上初の14~16歳の学徒によって作られた少年兵部隊でだそう
です。
 
沖縄戦において正規部隊に併合され、実際に戦闘に参加し多く
の戦死者を出しました。
 
太平洋戦争(大東亜戦争)末期になると、戦況悪化、長期化に
より兵士の不足が、深刻となった。そこで陸軍省は、つぎつぎ
と陸軍省令を発して、施行規則を改正していった。そうしたな
かでアメリカ軍上陸のせまる沖縄では14歳以上の少年を鉄血勤
皇隊として防衛召集した。
 
防衛召集は、17歳以上の男子が召集対象であったが、194
4年12月の陸軍省令第59号「陸軍召集規則」改正および第
58号「防衛召集規則」改正で、一部地域のみ防衛召集の対
象年齢が引き下げられた。
 
「前縁地帯」と呼ばれる帝国本土とは区別された地域
(沖縄県、奄美諸島、小笠原諸島、千島列島、台湾など)
に限り、17歳未満(14歳以上)であっても、志願して第2
国民兵役に編入された者は、防衛召集できるとされたそう
です。
 

これらの陸軍省令について、内務省は

「事実上徴兵年齢の引き下げにあたるので、法的には法律
である兵役法の改正によってなされるべき」であるとして、
憲法違反の疑いもあることを指摘されていたそうです。
 
また、「志願」は「事実上の強制」になりうることへの懸
念も示していて(法律形式による法整備は、ようやく
1945年6月23日に制定施行された義勇兵役法で行われた。
それまでは鉄血勤皇隊も含め陸軍省令で改正する規則のみ
が法的根拠であったとも)。
 

さらに学校や配属将校が同意なく
印鑑をつくり「志願」

 
のために必要な親権者の承諾書を偽造するなど、「事実上
強制」であったような例も多々見受けられたそうです。
 
なお、県立第二中学校のように配属将校が食糧がないこと
を理由に生徒たちを家に帰したり、県立農林学校では引率
教師が銃殺処刑される覚悟で生徒を家に帰したという例も
あったようです。
 
これらの点は戦後にも問題となり、遺族援護に関連して厚
生省は、鉄血勤皇隊における17才未満の少年の防衛召集に
は法的手続きに問題があり、無効な防衛召集であったとし
て、鉄血勤皇隊の少年たちの軍籍を認めなかったそうです
が結局、政治的配慮から「事実に基いて、軍人として処
理すること」としたそうです。
 
ことに第2国民兵役に編入するための「志願」について任意
性が担保されていない点が問題とされ沖縄戦では、憲法違反
の疑いもあるこれらの陸軍省令(改正規則)を根拠として、
「事実上の強制」手続きにより、1945年3月に第32軍の命
令で、防衛召集された旧制中学生ら1780人による鉄血勤皇
隊が編成され、戦闘行為に動員されて、約半数が戦死したそ
うです。
 
 

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